◎アフガニスタンのガールスカウトとの出会い
ペシャワールという街の学校で、なんとアフガニスタンのガールスカウトに
会いました。パキスタンにガールガイド(←パキスタンではこう呼ばれてい
ます)がいることは知っていましたが、まさか難民キャンプで、同じ志を持った
アフガニスタンの少女たちに会えるとは思ってもみませんでした。彼女たちが
私たちを歓迎して、「♪日本のガールスカウトはまるで花のようだ…毎年春に
やってきて私たちに喜びをもたらしてくれる」と歌ってくれたときは、感激して
涙が出てしまいました。
毎年、ピースパックの配布を助けてくれているUNHCRのスタッフに聞いたところ、
日本のガールスカウトを見てその活動の大切さを思い、難民キャンプでの活動を
すすめはじめたところだということでした。まだたった13人で、リーダーもいないし、
ハンドブックも何もない、ゼロからのスタートだと言っていましたが、これからの
活動に期待したいし、私たちも大いにサポートしたいと思いました。
◎私の団のピースパックが…!!!
アフガニスタンのガールスカウトに出会えたことと同じくらいの大ニュースは、
私が、自分の手で、自分の団のピースパックを配るという機会を得たことです。
日本全国から集まったピースパックは全部で3,400箱(1万7千個)、そのうち
大阪府第137団のピースパックはたったの5箱(25個)。千個に1個の割合にす
ぎません。しかも、3,400箱のうちの半分はアフガニスタンへ帰る子どもたちに
配られますし、残り半分もパキスタン国内の3つの地域にふり分けられます。私が
自分の団のピースパックを配ることのできる確率を単純計算してみると、0.0041%
という、限りなく0に近い確率なのです。ほとんど奇跡です。大阪府第137団のピース
パックだということに気づいて大急ぎで写真を撮ったあとも、まだ信じられませんでした。
このことがきっかけで、自分が配るどのピースパックも、どこかの団ががんばって
作ってくれたものなんだということが、いっそう強く意識されるようになりました。そして、
日本に帰ったら、少しでも多くの人たちに現地の様子を報告してお礼が言いたい、と
思いました。その思いが実って、大阪府下だけでなく、青森県・群馬県・福岡県・徳島県
などで報告会をさせてもらいました。これからもどんどんいろんなところにかけていきた
いと思っています。
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